県道がほぼ人首川沿いにその北岸を通るのに対し、中島橋を渡った旧道は県道と全く離れ、川の南側の山裾を人首まで進んでいきます。その間道筋をたどれなくなった所もありますが、六百刈沢(ろっぴゃくがりさわ)や玉の木沢の坂を上がった先の並木松のように、街道の面影を伝えている所もあります。六百刈田の一里塚は「七里塚」と呼ばれ旧街道筋北側に一基だけ現存しています。