更新日:2026年03月06日
| 本名 | |
|---|---|
| 生没年 | 1824-1884 |
| 職業 | 教育者 |
| 出身地 | 奥州市(旧水沢市) |
| 記念館 |
解説
学半は、幼時堀籠膽水に学び、和歌を能くし、壮年期には、笈(おい)を背負って江戸に遊ぶ。諸国を歴遊、あるときは高野山に登って学寮を担当した。水沢に帰るや、城主邦命は学半を選んで老職とし、機務に参画させた。明治維新の変革時、学半は、家禄に応じて耕地を割与し、また六原野などの開墾の策も官に申し出たりした。のち学半は、官歴も重ね岩手県に出仕して地誌編纂などにもあたった。学半は経典に通じ、また漢詩をよくし、郷土の人びとが受けた薫陶には計り知れないものがある。