| 旧岩谷堂共立病院 |
| きゅういわやどうきょうりつびょういん |
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| 旧岩谷堂共立病院は、明治7年(1874)7月竣工(大工棟梁及川東助)し、同8年正月開院した。 病院としての存続期間は明らかではないが、明治21年(1888)から同21年まで治安裁判所及び登記所として使用され、その後、小学校、実科女学校に一時使用され、大正初期頃岩谷堂役場となった。 明治初期における新しい西洋医学に対応した病院建築の様式を伝えるものとして、全国的にも珍しい古い遺例である。 昭和56年(1981)に奥州市江刺区向山に移築し、当時の姿に復元された。 現在は、明治記念館として公開されている。 楼閣様式をもって、擬洋風病院建築に応えようとした設立関係者の創意と、これを具体化した地方棟梁の堅実な技法のうかがいえる作例といえよう。 明治洋風建築史上、病院建築史上貴重な遺構といえよう。 |