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| 氏 名 | 葛西万司(かさいまんじ) |
| 本 名 | - |
| 生没年 | 1863-1942 |
| 職 業 | 建築家 |
| 出身地 | 平泉町 |
| 解説 | わが国の建築学の始祖といわれる辰野金吾は葛西の師だが、二人は明治36(1903)年辰野葛西事務所を設立し多くの建築設計を手がけた。日本銀行本店(旧館)・旧国技館・東京駅・女子学習院・盛岡銀行本店(現岩手銀行中の橋支店)・盛岡貯蓄銀行(現盛岡信用金庫本店)など。 |
| 氏 名 | 一条牧夫(いちじょうまきお) |
| 本 名 | - |
| 生没年 | 1858-1938 |
| 職 業 | 馬匹改良家 |
| 出身地 | 盛岡市 |
| 解説 | 岩手県産馬(南部駒)の改良に努め、岩手アングロノルマンという改良馬を生み出し、軍馬生産に貢献。 |
| 氏 名 | 橋本善太(はしもとぜんた) |
| 本 名 | - |
| 生没年 | 1892-1956 |
| 職 業 | 養蚕改良・養鶏家 |
| 出身地 | 紫波町 |
| 解説 | 養蚕・養鶏事業家。本業は養蚕で国分謙吉らとともに岩手農政社を中心に農政活動を推進した地方政治家でもある。特に養鶏の分野では世界の養鶏家として歴史的な足跡を残している。昭和14(1939)年世界で初めて1年無休で365個の卵を産んだ超多産鶏を産出させた。昭和26(1951)年東京種鶏研究会の産卵検定で横班プリマスロックと白色レグホンそれぞれ2羽が年中無休産卵を記録、卵肉兼用種のロックの記録は世界で初めてであった。この鶏は善太の改良種でのちに「ゼンタックス」と名付けられた。 |
| 氏 名 | 水上助三郎(みずかみすけさぶろう) |
| 本 名 | - |
| 生没年 | 1864-1922 |
| 職 業 | 漁業家 |
| 出身地 | 大船渡市 |
| 解説 | 漁業家。事業家を志して家出上京し、養鶏・製塩・牧畜などを手がけたがいずれも失敗、郷里に帰って始めたオットセイ猟に苦心の末成功した。続いて北洋サケ・マス漁業にも進出する一方吉浜湾のアワビ増殖や松島湾のカキ養殖などで「作る漁業」の先駆者ともなった。 |
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