高平小五郎

高平小五郎肖像写真
写真提供:一関市博物館

本 名 高平小五郎
生没年 1854-1926
職 業 外交官
出身地 一関市
解説
国学者高平真藤の養子。工部省に出仕したが、外務省に転じ22歳で米国に勤務。外務書記官を経て再び米国に在勤、続いてオランダ・イタリア・オーストラリアなどに駐在。この間に三国干渉の情報をいち早く、日本の外交対策に貢献。明治31(1898)年外務次官となり義和団事件の収拾に当たる。日露戦争当時、特命全権公使として3度米国に駐在し首席全権小村寿太郎を助けて、ポーツマス条約の早期締結を図った。明治44(1911)年外務省を去り、のち枢密院顧問官を最後に死去。

(参考)
一関市



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