鳥取春陽

鳥取春陽肖像写真
写真提供:新里村教育委員会

本 名 鳥取貫一(かんいち)
生没年 1900-1932
職 業 音楽家
出身地 新里村(現 宮古市)
解説
15歳で家出、上京して演歌師、添田さつき(知道)とバイオリン二重奏を初めて試みるなど、若くして才能を発揮した。レコード産業の発足期に美声と作曲の才能を買われ、日本で初めてのレコード会社専属契約者となる。歌手として「船頭小唄」など当時の流行歌のほとんどを歌い、作曲家として「思い出した」・「大震災の歌」を世に出した。とくに大正12(1823)年作曲の「篭の鳥」は児童が歌うことを禁止されるほど流行した。
記念館
鳥取春陽展示ホール



戻る