さんさ踊りミニ知識

由来・歴史
 夏空高く響き渡る太鼓の音に合わせ、軽快なテンポで群雄するさんさ踊りは、市民に古くから親しまれてきた盆踊りです。その起源をさかのぼれば、日蓮上人が伝えたもの、あるいはどこかの寺の念仏僧が教えたなどと諸説がありますが、中でも最も広い地域に伝えられているのは、「鬼の手形」で知られる盛岡市那須川町にある三ツ石神社の三ツ石神社伝説です。この三ツ石伝説がいつごろから語り継がれてきたのかははっきりしませんが、「岩手」や「不来方(こずかた)」の地名の由来とともに伝えられてきました。
 むかしむかし、岩手山が噴火したときのこと。三つに割れた巨岩がこの地方に飛んできました。その巨岩を人々は「火の中から飛んできた尊い石だ」と、あがめるようになりました。
 その頃、この地方には羅刹という鬼がたびたび現われては、悪行の限りを働き、農民たちを苦しめていました。困り果てた人々が三ツ石様に鬼退治をお願いしたところ、三ツ石様は神通力で鬼を捕らえ、巨岩に縛り付けました。鬼は、「もう二度と悪さをしないし、この地にも二度と来ない」と必死に命乞いをし、許してもらいました。
 その時、誓いの証しとして「今日以後良民に仇するなかれ」と岩の上に大きな手形を押させたのです。それが、「岩手(岩に鬼の手形)」と、盛岡の別名「不来方」の地名の起こりになりました。鬼の退散を喜んだ里人たちは大いに喜び祝い、三ツ石のまわりを「さんさ、さんさ」と感謝のまごころを捧げて踊ったのが、さんさ踊りの始まりだといわれています。
 さんさ踊りは、伝承過程で名称や装束、踊り方など土地の風土によって変わり、独自のタイプの芸能が編み出されています。従って「さんさ踊り」の名称を使っていない「さんさ踊り」もあります。現在は各地に伝わる踊りを基本に「統合さんさ」、「七夕くずし」、「栄夜差踊り」が統一された踊りとして恒例の「盛岡さんさ踊り」や各種の行事などで踊られることが多くなっています。
太鼓
「盛岡さんさ踊り」で大きな見所になっているのが、日本一の太鼓パレード。退散した鬼が二度と里に来ないように、太鼓の音を山に響かせたのが始まりと伝えられる。現在使われている太鼓は、直径一尺七寸(約五十センチ)が標準。重さは大体六〜七キログラム。さんさ踊りが盛んな盛岡市には太鼓屋さんが三軒もあり、これは全国的にも珍しい。
笛
太鼓とともにさんさ踊りに欠かせないのが笛。盛岡市域のさんさ踊りでは、落ち着いた低音が出る三号の竹笛を使っている。

鉦(かね)
目立たないけれども重要な役割を果たしているのが鉦。太鼓、笛、踊り手と続く大パレードをまとめるいわばコンサートマスターのような役割を果たし、各団体の代表者などベテランが打っていることが多い。

腰帯
さんさの衣装を鮮やかに彩る赤、黄、青、ピンクの五色の腰帯。建築物の棟上げ式などで笹と一緒に五色の布を飾るように、これにも悪魔を追い払う意味が込められている。七色の腰帯を用いる地域もある。

花笠
里人たちが鬼の退散を先祖に報告する際、レンゲの花を供えたとか、レンゲの花を菅笠の上につけて踊ったのが元といわれる。現在は、朱ボタンの花笠をつけるところもある。

掛け声
「サッコラ チョイワヤッセ」という掛け声のサッコラは、漢字で書くと「幸呼来」となり、幸を呼ぶという意味。ちなみに、伝統さんさの一つ「キッキィエカッコ」踊りは、「吉祈栄活呼」とも書き、吉を祈り、栄ある活力を呼ぶという意味といわれる。
参考文献:盛岡さんさ物語(盛岡さんさ踊り実行委員会)
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