松尾鉱山と鉱毒問題

 松尾村(現 八幡平市)緑ヶ丘にあった松尾鉱山は、大正3(1914)年から採掘を開始、昭和41(1966)年には硫化鉄鉱68万トン、翌42(1967)年には精製硫黄10万トンと東洋一の規模を誇りましたが、その後、石油精製時にできる回収硫黄に押され、昭和47(1972)に閉山となりました。同時に、松尾鉱山の坑内水は北上川の支流・赤川に流れ出て、本流までも真っ赤に染めて北上川を魚の住めない「死の川」にしましたが、中和処理施設の稼動などによって、北上川は元の美しい川によみがえりました。
松尾鉱山全盛時代
松尾鉱山全盛時代
中和処理施設
中和処理施設


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