岩手を襲った津波の歴史

解説
リアス式海岸は湾口の幅が広く、湾頭(湾の奥)に行くに従って幅が狭く、水深も浅くなるため、津波が押し寄せると漁村や都市、港がある湾頭に向かって波のエネルギーが集中するという特徴があります。このため三陸海岸は、これまで幾多の津波被害を受けてきました。

津波アニメーション

近年の主な津波
明治29年
三陸沖地震津波
 明治29(1896)年6月15日午後7時32分、釜石東方沖を震源地とするマグニチュード7.6の地震が発生。津波によって死者1万8,158人、流出倒壊家屋6,882戸などの大被害が発生しました。中でも釜石地区の被害がひどく、人口約6,500人の釜石町(当時)で死者4,000人以上、流出全壊家屋は約900戸(当時の全戸数は約1,100戸)という甚大な被害を受けました。また吉浜(大船渡市三陸町)では最大波高24.4メートルを記録しています。
昭和8年
三陸沖地震津波
 昭和8(1933)年3月3日午前2時31分、釜石東方沖を震源地とするマグニチュード8.3の地震が発生、宮古では震度5を記録しました。津波は明治29年に次ぐ大きな被害をもたらし、死者1,408人、行方不明者1,263人、流出倒壊家屋5,435戸。中でも田老村(当時)では500戸あまりの全戸数のうち高台の10数戸を残しただけで、死者・行方不明者も1,000人あまりの大災害となりました。
チリ地震津波  昭和35(1960)年5月23日午前4時11分(日本時間)、南米・チリ中部沿岸に大地震が発生し、地球の裏側からおよそ22時間30分から23時間かけて太平洋を横断した津波が日本の太平洋沿岸を襲いました。最大波は翌24日の午前5時から8時に発生、野田湾や広田湾では6メートル以上に達しました。県内の死者は55人、行方不明者6人、流出家屋は472戸、全半壊は1,511戸、床上・床下浸水は4,653戸に達しました。
東日本大震災津波  平成23年(2011年)3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9.0の地震が発生し、岩手県では、内陸部の一関市、奥州市、花巻市、矢巾町、滝沢村及び沿岸部の大船渡市、釜石市で震度6弱、県内の広い地域で震度5弱、また、全域で震度4以上を観測しました。津波高16m以上を観測した東日本大震災津波は、県内における死者・行方不明者が6,500人以上、家屋の全・半壊が25,000棟以上、産業被害が8,000億円を超えるなど、まさに未曽有の被害となりました。




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