場所

奥州市衣川上衣川字石神

現在の名称

安倍館跡

地勢と遺構

衣川区中心部から県道37号花巻衣川線で南西に約2キロ、北股川(きたまたがわ)にかかる関袋橋(せきふくろばし)を渡り、北股川と南股川(みなみまたがわ)にはさまれた丘陵の先端部に位置している。標高は約100メートルで、うっそうとした中に遊歩道と展望台が整備されている。南北の2郭からなり、西と北側は急斜面、南と北の郭は空堀で区画されているが、樹木が生い茂り、確認できないほどである。本丸である北郭は東西120メートル、南北50メートルほどあり、二の丸である南郭は東西40メートル、南北100メートルほどの規模となっている。

歴史

安倍氏の中心居館と思われるが、『陸奥話記』にはその名はなく「衣川関」とだけある。丘陵の城部分だけでは安倍氏の大軍を収容するには規模が小さく、周辺の平坦部を含めて「関」と呼んだのかもしれない。前九年の役では康平(こうへい)5年(1062)、衣川落城で安倍氏は勢いを失い、北への敗走が始まった。

交通

奥州市衣川総合支所からから車で約10分