読み仮名 | しわじょうあと |
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指定種別 | 国指定 |
種別 | 史跡 |
指定年月日 | 1984年 9月 14日 |
指定詳細 | |
数量 | |
所在地 | 盛岡市太田 |
所有者 | 盛岡市 外 |
保持団体 | |
管理団体 | |
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概要
盛岡市の西南に位置し、平安時代初期東北地方経営のために築かれた本県の3つの城柵の一つである。
昭和51年来の発掘調査により、築地・櫓・外濠などの外郭施設、側溝を伴う築地で区画された内郭とその中央に位置する正殿の存在等から城柵としての構造が確認され、それまで所在の不明であった志波城の跡であることが明らかになったものである。
志波城は、その規模が鎮守府胆沢城より大きく多賀城(宮城県)に匹敵し、政庁は多賀城の2倍、胆沢城の3倍となっている。
これは、志波城が北東北の拠点として多賀城と同等の規模を有するものとして発展させる意図のもとに造営されたものと考えられる。
しかし志波城は、たびかさなる雫石川の氾濫によりわずか10年ほどで廃止された。
志波城は、陸奥国最北端の城柵として我が国古代史上著名なものの一つであり、平安時代初期における東北経営の実態を知る上で欠くことのできない重要な遺跡である。