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- チャグチャグ馬コの鈴の音(盛岡市・滝沢市) チャグチャグ馬コの鈴の音を聞く 毎年6月第2土曜日、大小の鈴を着けた100頭余りの馬が、駒形(こまがた)神社にお参りした後、岩手山を背景にシャグシャグ、チャグチャグと行進します。奈良時...
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- エミシの時代 北上川中流域の「胆沢(いさわ)」の地が史上に現われてくるのは、朝廷の東北経営の北進に伴い、8世紀後半の宝亀(ほうき)7年(776)のことである。この時期は、律令政府の攻撃目標が陸奥(むつ)国最大のエ...
- 安倍氏の城柵 胆沢地方を本拠地とした安倍(あべ)氏は、頼時の代になって勢力を一層増し奥六郡の支配を固めた。領内各所に柵を設け、貞任(さだとう)ら子どもたちや家臣が各地を領有する体制を築く。これに対して朝廷は源...
- 中世の城館 藤原氏の滅亡後、鎌倉幕府の支配地となる奥州。関東御家人やその家臣らが勢力を増し、南北朝の争乱を経てやがて糠部(ぬかのぶ)は南部(なんぶ)氏が、高水寺(こうすいじ)は斯波(しば)氏が、鳥谷ヶ崎(と...
- 藩政時代の城・要害 一国一城令によって多くの城が破却されたのが江戸時代である。しかし藩境を接しけん制しあう盛岡・仙台両藩は各地に「城」とは呼ばない屋敷や要害(ようがい)を建てて有事に備える。遠野・一関の両支藩も城を...
- いわての織物 岩手の織物が確立したのは近世以降で、絹織物の「紬(つむぎ)」、毛織物の「ホームスパン」などがあります。紬は藩の推奨で養蚕が盛んに行われたこともあり、文政時代(1818-1830)には江戸で南部紬や...
- いわての染物 紫根は藩政時代には盛岡藩の重要産物とされ、特に岩手山麓を中心とした地域で産出されるものは良品で、染用、薬用として珍重されていました。これを利用したのが紫根染で、一時は化学染料に押されて衰...
- わらべ歌 「わらべ歌」の一覧です。県内各地の「わらべ歌」を聞いてみましょう。
- いわての代表的な民謡 いわての代表的な民謡の一覧です。
- いわての民謡の種類 岩手県の民謡は主に下記のように分類されます。
- 北上高地の製鉄 北上高地の製鉄の歴史についてです。
- 鹿角の金山・銅山 鹿角の金山・銅山の歴史についてです。
- ヤマが街を生む~松尾鉱山と栗木鉄山 松尾鉱山と栗木鉄山の歴史についてです。
- 鉄の街・釜石 釜石と鉱山の関係についてです。
- 金山から銅山へ 盛岡藩の産金は大部分が砂金で、鹿角においても最初に開発された白根金山では砂金が採掘されています。 しかし続いて開発された西道金山をはじめ尾去沢の諸金山では、山の岩脈の中から金鉱として掘り出されて...
- このホームページについて 「いわての文化情報大事典」は、岩手県が平成11年3月に策定した「岩手県文化振興指針」の中で、県民の多様な文化とのふれあいの確保と自主的な文化活動の展開のため、文化に関する情報をデータベースとして蓄...
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- 盛岡藩の金山開発 坑道内 盛岡藩の金山開発 天正18年(1590)豊臣秀吉の奥州仕置によって、東北各地の戦国大名たちの領地が認定されます。このとき、鹿角郡は三戸(青森県三戸町)に本拠を置く南部信直(なんぶのぶなお・...